マンハッタンで一番怖いものは暴力や犯罪ではない。強盗、ひったくり、強姦、発作的な暴力、殺人・・・はひんぱんに起こるが、こいつは心がけ次第では何とか回避できる。ところが、細心の注意を払っていても襲われるのが交通事故と歩行事故だ。
冬の凍った路上で転び、下腹部からおびただしい血を流して倒れている妊婦をあなたは見たことがある。彼女は、慣れた道を歩いていて思わず転び、肥大した腹を路面にしたたか打ちつけた。通行人がすぐに駆け寄り、女の体を抱き締めて励ましたが、救急車が到着したとき、女は死んだようになっていた。
このときのことがあなたの頭に焼きついている。ツンとキナ臭いにおいが鼻の奥を突き上げ、頭のなかで火花が飛び散ったその瞬間の意識が、路上に倒れている女の映像とダブって繰り返しよみがえる。あなたもあの女のように倒れたのか? が、そうだとしたら、それはいつのことだったのか?