グリニッジ・アヴェニューを上っている。右に小学校の庭が見える。ひと影はない。以前、ここでバザールをやっていた。あなたは、トルコ石の入った指輪と柔らかい牛革の手袋を買ったはずだ。はめていると、まえの持ち主の気が伝わってくるような気分にさせる代物で、最初はいやだった。そのうちその妙な気分にひたるためにはめるようになった。あれは、ちょっと他人[ひと]の下着を着けるような気分だったのか?
あなたは失われた自分を求めて街を歩いている。これから思い出すことは全部あなたのものであるとしても、あなたが思い出す自分が本当の自分であるという保証はどこにもない。もし、街を彷徨うことによってあなたの記憶をとりもどせるのだとしたら、失われたあなたは、この街の石だたみやブラウン・ストーンの壁のなかに蓄電されており、それが彷徨うあなたに再充電されるのでなければならない。
しかし、その場合、蓄電されているあなたが、別のあなたにまちがって充電されてしまうことだってあるだろう。いや、すでにあなたは、そのような誤った充電を一身に受けて、誤ったあなたとして街を彷徨しているようにも思われる。